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展覧会を終えて 2 来場者

今回、来て頂いた方は115人でした。50人も来てもらえばいいかと思っていたので、上出来です。来て頂いた方にはできるだけ説明しました。そのうち核心的な話になったり、かなり長い話になったりした人は13人くらい。9日の口演会には24人の方に参加してもらえたので、ダブりを考慮しても、全体では20人くらいの方とかなり深くて理想的接触ができたのではないかと思っています。一人でも満足なのに、これだけの人と作品を通して繫がりを持てたことを感謝し、喜んでいます。

1995年から2000年の間に当地で融解座敷を何度かやっていたので、それを見た方の数人とも再会できました。人によっては、かなり強い印象を持たれたことも知りました。自宅を融解座敷の場所に提供し、それを含めて3回も融解座敷を見た方が、展覧会終了後に今回の展覧会を知り、来ることができなかったそうで誠に残念でした。しかし私の悪い脳みそはそういう方々の顔を全く覚えておらず、自分の記憶力の悪さに愕然としています。パソコンの巨大ハードディスクを頭に埋め込みたい気持ちです。

チラシは600枚印刷してミスを見つけ、再び800枚注文しました。チラシを見たり読んだりしたことで、何かが伝わったかもしれませんが、足を運んだ方はPOの常連さんや私の知り合いがすべてで、チラシだけの情報で来た方はいないことを嘆いていた最終日に100キロの道のりを運転してこられた米子と安来からのカップルの登場には感激しました。

全国の現代美術館を中心に20から30の美術館に送りました。遠路はるばる来られるとは思っていませんでしたが、問い合わせもなく反応があったのは、米子の植田正治写真美術館にあったチラシを見たこのカップルのみ。

当初からマスコミをあてにする気持ちはなかったのですが、会期中に来た友人が薦めるので、まあやってみるかと思って県内の新聞社、テレビ局など7社ほどチラシを送りましたが、反応無し。チラシにマスコミに対する批判的文章が入っているので当然と言えば当然だと思います。それでも個人的に来られればと思いましたが、それもなし。

公共的組織にも市民として関わり親しくなったので、数人に直接渡しましたが、反応無し。やはり、個々のふれあいができたと思っても、壁があるのか、チラシ内容を見て怯えられたのか、、。

居住している地区(農家)にも来てもらえそうな方数人に渡しましたが、一人の友人以外は反応無し。

大便、血液、殺して、臨終、内部告発、不正指摘、情報発信、無農薬、、こういう言葉が踊ることや裸の写真、血液や大便写真、豚の宙づり写真等々で、不快感や拒絶、あるいは自責ということもあったかもしれません。しかし、それこそが私の主張の大事な要素であり、多いに興味を持ってほしかったのですが、、。

人間の内面的なことに関心のない方、常識にとらわれている方、日常生活に埋没している方にはあまりに距離がありすぎて、かなり基本的なところから説明をしないと「会場に行く」という行為には結びつかないと思いました。

それと、日頃感じることですが、日本人はぼんやりする余裕がないと思います。ぼんやりなんて、怠けているようで悪いことなのかもしれません。忙しさ故でもありますが、仕事に没頭してしまう傾向があり、そのことで仕事をしていない時間も余計なことを考える余裕がない。フランスにいて思ったのは、フランス人は仕事以外のことを考える余裕を持っていることでした。ですから、文化や社会全体に対しての興味を持ち、自分の言葉を持っています。その分、仕事に対しての熱心さは日本人に劣るかもしれませんが、それくらいが丁度いいのではないかと思います。日本人も仕事や家族を離れた、精神的にも時間的にも自由な自分を持っていてもいいのにと思います。

来場された方の大部分はそういう余裕の部分を持っておられるような感じを受けました。あるいは、そういうこと(自分の生活に捕われ過ぎている)もあるかな、と若干感じている方か。

展覧会やパフォーマンスを海外を含め、今までに150回くらいはしていると思いますが、海外と日本を比較すると、日本での来場者は若い人が圧倒的に多くて、成人して社会人になり一般常識的人間になると同時に、現代美術などというものにはほとんど関心を示さない。女性はともかくも、普通の勤め人風の男性を会場で見ることはほとんどありません。キリンビールの主催で展覧会をしましたが、キリンの社員は仕事として与えられているだけであって、社員である前に人間であることを振り返る機会になっているのかどうか、、。

ドイツのドクメンタという大規模な国際的展覧会を見に行った時に、中年や老人の割合がたぶん半分か、それ以上はあったように記憶しています。一般的にわけのわからない現代美術にこれだけの関心があるのかと、日本との差に唖然としました。一般人と現代アートに関して語り合えるなんて、どんなに素敵なことでしょう。

現代アートは一般の人の感覚と遠く隔たっていると思われがちですが、現代に生きるからこそ創られるものであり、現代人と直結しているにも関わらず、無関心な層が多い。日本人が好きなゴッホ、ゴーギャン、セザンヌなど印象派画家よりもずっと深く関わっています。現代に生きているにもかかわらず、現代を直視していないとも思います。我々創る側も小難しい理論を展開するのではなく、わかり易く解説する必要もあると思います。しかし、社会生活との関連を話しても、これまた社会や世界情勢に疎く、そんなことを考える余裕もない、、、。本当に究極の世界にならないと、方向転換はなかなか難しいのかなと思うこのごろです。
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密閉された空間でサックス演奏する私に、二酸化炭素を送ってくれるオーストリアの子供。

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