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愛知県美術館「わいせつ写真に布」の波紋 に関して

波紋の詳細に関しては以下へ
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140822-00000011-wordleaf-soci

展覧会の写真に男性器が写っているということで、通報があり、美術館側はそれに布を被せたという話です。写真を見たい方は 「 鷹野隆大 」で検索すると沢山の写真を見ることができます。

今から100年くらい前にフランスにマルセル・デュシャンというアーティストが生まれて以来、美術の傾向が変わってきました。それは一つの方向でもありますが、その道は脇道でなく、今では王道といってもいいくらいの道になっています。

「マルセル・デュシャン」ウイキペデイアから抜粋します。

普通の男子用小便器に「リチャード・マット (R. Mutt)」という署名をし、『泉』というタイトルを付けた作品(1917制作)は、物議をかもした。
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こうしたエピソードはいかにデュシャンが、美術の枠を外そうとし、また拒否反応があったかという点を示しているとも言えるが、抗議文の発表など手際の良さも目立ち、予めこの事がおこるのを予期していたとも考えられ、「みるものが芸術をつくる」というデュシャンの考え方を端的に示した一流のパフォーマンスとも言える。
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『泉』は2004年12月、世界の芸術をリードする500人に最もインパクトのある現代芸術の作品を5点選んでもらうという調査の結果、ピカソの名作『アヴィニョンの娘たち』を抑えて堂々の1位を獲得した。(抜粋終)

大変有名で、専門家には世界で最もインパクト(つまりは影響力)を与えた人として有名ですが、日本では一般的にほとんど知られていません。それがそもそも間違いの元じゃないかと思います。それは芸術とは何かを問いかける重要なことにもなります。せめて中学生くらいのときから、デュシャンのことを詳しく教えれば、日本全体が変わると思います。それは芸術に限らず、他の面でも賢くなるんじゃないかと思います。しかし、それができる先生が多くない、先生自体がそれを良く知らない、美術の先生なのにほとんど影響を受けていないという現実があるでしょう。

デュシャンは「みるものが芸術をつくる」と考えていましたが、それはこの一件でも言えるのではないでしょうか。通報した人は芸術には見えず、わいせつ写真にしか見えなかったのです。そういう頭を持っておられた。そういう知識や美術鑑賞経験しかなかったとも言えます。男性器を芸術と結びつけるよりも、どうしてもセックスや卑猥なことしか思い浮かばなかった。

それはそれでいいではないですか。幸せな人とも言えます。しかし、その人がどういう作品を芸術とみなすのか、それを知ったら、案外解決は早いかもしれません。そして、そういうもの以外の無数の作品をお見せして、芸術がどういう風に進化しているかを教えてあげればいいと思います。

つまり、日本の美術教育が全体的に遅れていることの現れだと思います。他の先進国ならば、問題にならなかったと思います。このことで思い出すのは日展の事件です。以下
「美術界の腐敗」
http://daikiwakachi.blog.fc2.com/blog-entry-166.html 

日本の美術界の王道ともいうべき「日展」がこういう有様であり、日展を見て「これぞ、芸術の世界だ」と思っている人が多いのが日本の現状だとすれば、前述のような事件が起こっても当然かもしれません。通報者を日展にお連れすれば満足されるかもしれませんが、その後で日展の裏側を教えてあげれば、まずは少しは芸術に対しての自分の頭の中を変えることができるかもしれません。

ところで、この記事http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140822-00000011-wordleaf-sociの下にあるコメントに、この写真展を擁護する意見が多いことに驚きましたが、この事件に興味を持ってコメントする人は案外現代美術や表現に興味を持っている人だろうということかなと。一般的、日本全体的にはこういう人は少ないと思います。東京には東京都現代美術館がありますが、当初は年に50万人くらいの入場者があり、潤っていたそうですが、年々減って10万人くらいになって、とうとうアニメとか他の分野の展示もせざるを得なくなったとか、美術館の人から聞いたことがあります。

一般的には日本人には現代美術は遠いんだなあと思います。芸術世界も日進月歩しています。100年前に天動説から地動説に変わったくらいの変化が起きたわけです。相変わらず、芸術は芸術家が作るものだと。実はそれぞれの頭の中で作られるものだとは思われていない。与えられるものというより、自らこさえるものなのです。ゴミ一つだって、その人の芸術にもなり得ます。もちろん「何でも鑑定団」に出せるような金銭的価値のある芸術ではなく、自分にインパクトを与えるという意味での芸術です。つまり、卑猥な妄想しかしない頭は自分の責任なのです。

個々の情報不足、知識不足、経験不足がこういう混乱を引き起こすのですが、みんな忙しいので何でもかんでも最先端(これに関してはすでに古いですけど)を知ることも難しいですが、だからこそ教育の場で早めに大事なことを教えるべきだと思います。

美術館にある美術品は人によっては、芸術見本なのです。その人にとっての本物の芸術は自ら探し求めるものであり、めったにないかもしれません。感受性、知識、経験でそれぞれ異なるのです。

法的な問題が絡みますが、法曹界の人たち、警察関係の人たち、、そういう取り締まる側の人々の知識経験も限られたもので、現代にそぐわないものになっているということでもあります。それも小さい頃に、みんなといっしょにまともな美術教育を受けていればと思います。

警察関係者、法曹界、教育界が度々引き起こす卑猥な事件こそ、起こってはならない職業から起こる卑劣極まることであり、それを皆無にすることに時間と労力をかけることの方がより真っ当であり、世間のためになると思います。


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