スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

原爆から逃れた兵器学校の生徒と教師

4年前にここに来た頃ネットで「日本の軍部は原爆投下を知っていた」という裏情報を知り、それを近所の人に話しました。すると、その人が「似たような話を聞いたことがある。この町の角田さんに訊いてごらん」と言われ、数日後尋ねて行きました。

角田さんは穏やかなおじいさんで、そろそろ90歳になる老人でした。早速その話をしました。すると、以下のような貴重な話を伺いました。

1945年当時、19歳だった角田さんは広島の兵器学校の生徒でした。8月5日、兵器学校の校長は全校生徒を集めて言いました。「米軍が新型兵器で攻撃するらしいので、三次に避難する」と。その日のうちに数百人の生徒と教師は50キロほど離れた三次市に到着しました。そこには既に宿泊施設が準備されていたそうです。翌6日原爆が現実に投下されました。数日後、救助のために全員が広島に向かったそうです。

将来兵器を創るであろう兵器学校の生徒たちは軍部にとっては貴重な人材です。一般庶民を救うことがなくても、生徒達だけは助けたのか?現代と同じように、パニックを理由に庶民には教えなかったのか。(例えば、スーパーコンピューターからの放射線汚染状況を知らせなかったために双葉町の人々はバスで風下に逃げて被爆。アメリカには情報を流し、80キロ圏内の米人には避難勧告)

この情報を今日の日に会わせて報道されたらと思い、新聞社やテレビ局に連絡しましたが、何も返答がありませんでした。二三年前にも、中国新聞(広島県の代表的新聞)の知り合いの記者にも連絡しましたが、何もしませんでした。

誰にこの話をしても「ええ?!」と驚きますが、彼らにはそうでもないようです。

関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

daiki

Author:daiki
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。