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非日常 6 死に際

今回、事故に遭ったことで「死に際をどうするか」をちょっと考えるようになりました。今まで考えなかったことはありませんでしたが、現実的ではなかったので、それほど深くは考えませんでした。この経験はそういう意味でも、大事な事故だったなあと思います。

まず、死に際に誰に会いたいか、ということです。それをはっきりさせて、死にそうになったときにはすぐにそれを提示できるようにしておかなければなりません。明記したものを所持品として常に携帯しておく必要があります。それでないと、最後に会いたくない人に会うことになったら、あるいは瀕死の状態でも瞬間に意識が戻ってちょっとでも気づいたら一生後悔するかもしれませんが、その一生は次の瞬間にはないかもしれません。(笑)そのちょっとした間をどういう気分でいたいのか。

やはり、ほっとできる人がそばにいたほうが、安らかに眠れるでしょう。ほっとできるというのは、私の中では「つながりの種類と深度」であって、それは血縁ということとは無関係です。愛というものとも無関係な何かです。自分が大事にしている部分と繋がっているということでもあるでしょう。自分が何を考えて行きて来たかということを最後に確認する場面でもあるかもしれません。

人間的な熱い関係の中ではなく、もっとクールで冷静で迫る来る死をじっくり堪能できるような、あるいは語り合えるような中で死を迎えるのが理想かなと思います。死はひとつの区切りであって、最後という気がしないせいかもしれません。

もしかすればそれは最後なのかもしれませんが、本当はどうなのかは大事ではなくて、大事なのは自分の世界観の中なのかもしれません。

今まで人の死に際にいたことは二、三度ありますが、それはいつも病院のベットでしたから、あらかじめ死はわかっていたし、それなりの人がそこにはいました。しかし、その人が最後に会いたかった人であったかどうかはわかりません。勝手に周りの人間が決めたり、見送る人が勝手に来たりしているわけです。「おめえじゃねんだよ」って思いつつ逝っているかもしれません。

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